昭和の信州において、 「東京へ行く」ということは特別な意味を持っていた。 特急あずさは首都圏と信州を結び、 多くの人々の人生を運び続けた列車だった。
東京は遠かった
昭和30年代まで、 信州から東京への移動は決して気軽なものではなかった。 鉄道こそが最大の交通手段であり、 急行列車に揺られながら何時間もかけて移動したのである。
信州と東京を結んだ特急
高度経済成長とともに、 より速く快適な移動手段が求められるようになった。 こうして誕生したのが特急あずさである。
列車名は梓川に由来し、 信州らしい名称として広く親しまれた。
山々を越える旅
新宿を出発したあずさは、 山梨を抜け、 小淵沢や塩尻を経て松本へ向かった。
北アルプスを望む車窓は、 多くの旅人を魅了した。
松本駅の特急ホーム
昭和50年代の松本駅は活気に満ちていた。 観光客や学生、 出張帰りの会社員など さまざまな人々がホームを行き交っていた。
写真: Shellparakeet(Wikimedia Commons) / CC0 1.0(著作権上の制限なし)
人生を運んだ列車
大学進学、 就職、 帰省、 家族旅行。 多くの人にとって、 あずさは人生の節目と結びついていた。
列車には、 一人ひとりの思い出が乗っていたのである。
今も続く物語
車両や設備は変化しても、 信州と首都圏を結ぶ役割は変わらない。 特急あずさは、 昭和から令和まで走り続けている。
写真・資料について
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