特急あずさ

特急あずさの時代

信州を近づけた山岳特急

昭和の信州において、 「東京へ行く」ということは特別な意味を持っていた。 特急あずさは首都圏と信州を結び、 多くの人々の人生を運び続けた列車だった。

東京は遠かった

昭和30年代まで、 信州から東京への移動は決して気軽なものではなかった。 鉄道こそが最大の交通手段であり、 急行列車に揺られながら何時間もかけて移動したのである。

1978年3月17日の国鉄時代の松本駅
国鉄時代の松本駅(1978年3月17日撮影)。 写真:VVVF / CC BY-SA 3.0。 元画像・出典ページ。 加工していません。

信州と東京を結んだ特急

高度経済成長とともに、 より速く快適な移動手段が求められるようになった。 こうして誕生したのが特急あずさである。

列車名は梓川に由来し、 信州らしい名称として広く親しまれた。

特急あずさ
信州を目指して走る特急あずさ

山々を越える旅

新宿を出発したあずさは、 山梨を抜け、 小淵沢や塩尻を経て松本へ向かった。

北アルプスを望む車窓は、 多くの旅人を魅了した。

松本駅の特急ホーム

昭和50年代の松本駅は活気に満ちていた。 観光客や学生、 出張帰りの会社員など さまざまな人々がホームを行き交っていた。

1980年9月14日、中央本線の高尾〜相模湖間を走行する国鉄183系特急あずさ
特急時代の松本駅をイメージした風景
写真: Shellparakeet(Wikimedia Commons) / CC0 1.0(著作権上の制限なし)

人生を運んだ列車

大学進学、 就職、 帰省、 家族旅行。 多くの人にとって、 あずさは人生の節目と結びついていた。

列車には、 一人ひとりの思い出が乗っていたのである。

今も続く物語

車両や設備は変化しても、 信州と首都圏を結ぶ役割は変わらない。 特急あずさは、 昭和から令和まで走り続けている。

写真・資料について

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